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子ども一人ひとりに寄り添える教育を実現するために

大学が担うべき教育者の養成
子ども一人ひとりに寄り添える教育を実現するために

2022.07.29 vol.14学長座談会

兵庫大学の母体である睦学園誕生100周年を機に2023年4月、本学は教育学部教育学科を新設します。高度情報化、国際化など教育現場を取り巻く環境が激変する一方で、人口減少や少子高齢化もとどまるところを知りません。混迷の時代を切り開くために、地域社会は、教育の現場は「先生たち」に何を求めるのか。加古川市教育委員会教育長を務める小南克己氏ならびに、子どもたちの創造性や起業家精神を育成する取り組みに携わる湯川カナ氏が、本学学長とともに、今まさに必要とされる教育者の在り方、大学が進めるべき教育人材の育成について語り合いました。

対談写真

受け継がれる教育者育成の歴史と伝統

河野子どもたちの健やかな成長を育む場として睦学園がスタートしたのが1923年。その思いは戦後になって睦学園女子短期大学、さらに兵庫女子短期大学(現兵庫大学短期大学部)へと引き継がれ、学園は保育・初等教育をはじめとする多様な専門家育成に力を注ぐようになりました。その後、長い伝統によって培われた独自の教育体系は兵庫大学にも承継され、ついに学園創設100周年となる2023年、幼稚園・小学校教員養成課程を備えた教育学部教育学科(仮称・設置届出中)の開設に至りました。

湯川コロナ禍の長期化や国際情勢の悪化など先が見えない時代にあって、兵庫大学はどのようなお考えで教育学部を開設されるのですか。

河野ご承知のように、教育現場を取り巻く環境が複雑さを増すなか、少子化の影響もあって、教員志願者は近年減少傾向が続いています。しかし、こんな時代であるからこそ本学が長い時間をかけて積み上げてきた「教育者を養成する力」を発揮し、一人ひとりの学生にしっかりと寄り添いながら、現場のさまざまな課題に対応できる人材をじっくり育てていきたいと考えています。

小南これは加古川市だけではなく、全国で直面している深刻な問題なのですが、団塊世代の教員が大量に退職した後、十分に教員を養成・採用してこなかったため、今や教員の絶対数が足りないという事態に陥っています。新年度クラス担任を受け持つ教員確保がギリギリで、年度途中に教員の欠員が生じた際、その代替となる講師の補充は極めて難しいというのが現実です。このような綱渡りの状況を解決するために、優秀な教育人材の育成は急務の課題です。幼児教育・保育の分野において長い歴史を持つ貴学が、小学校教員養成課程を備えた学部の開設に着 手されるということは誠に喜ばしいことだと心から思っています。

湯川確かに、今、教育の現場は大変な事態に陥っていると思います。学校が子どもたちのためにしなければいけないことが、今世紀になって本当に増えています。問題が山積する中、スクールカウンセラーや保健室の先生なども含めて、一人ひとりの生徒を大勢の大人たちが守り、育てていかねばならない時代になったことを痛感します。子どもたちは、さまざまな悩みを受け止め、本気で動いてくれる大人の存在をつねに待望しています。教育学部には、そういう信頼できる大人をたくさん育ててほしいですね。その信頼こそが学校と子どもたちを結びつけるのですから。

「個別指導計画が作れる先生」を育てる

学習イメージ

河野本学は多くの学部学科で、対人支援、援助の専門家を目指す教育プログラムが充実していることが大きな特徴です。新たに創設される教育学部もその特徴をしっかりと受け継ぎ、現場の個々のニーズに臨機応変に対応できる力の獲得をめざしていきます。具体的には欧州、特にフィンランドなどの北欧で定着している「個別指導計画を作れる先生」の育成を進め、生徒、園児一人ひとりの潜在的な能力を引き出す力を身につけます。生徒や園児との触れあいを通してその特性を把握するとともに、学びの最適化をめざして客観的データに基づく指導もできるよう、デジタルな手法も併せて身につけてもらいたいと考えています。今後の生徒指導にはICT活用能力が必須です。どのような事象が子どもにどう影響するのかをしっかりと観察し、判断する能力を身につけた上で、その要因をデータ分析し、ICTを子どもとのコミュニケーションを深める手段として生かしていくべきだと思います。

小南今、公立学校では個別最適化された教育の実現に取り組んでいます。特別支援学校では、以前から個別最適化という考え方を進めてきました。同じ教室で生徒たちに授業をしても、生徒をマスでとらえる画一的な授業になってはいけない。子どもたちが将来、社会のさまざまな場面において、一人ひとりが異なる役割をしっかりと担うことができるように、学校にあっても、生徒各人の特性を大切にしないといけないのです。
加古川市では、例えば「協同的探究学習」という取り組みを進めています。昔は算数・数学の公式や計算式の答えを出す手順は、先生が正解を示して教え、子どもたちはそれを覚えていました。しかし、覚えさせることだけが教育ではないという考えから、現在では生徒が自分で公式を作り出す、手順を考えるなど、自分なりの試行錯誤で「プロセスを作れる人」になるための教育を進めています。先生に教わるのではなく、自分で考え、自分なりの答えを生み出す教育です。自分で考え出したことは、教室で発表し、友人たちの意見も取り入れてフィードバックします。さらに、他の人の発表を聞いて、情報共有に努める。時には学校を出て地域でのフィールドワークにも挑戦します。
一方、加古川市では、人権教育にも力を入れています。互いの生命、心と体の自由を尊重する人権感覚を身につける機会を提示し、差別やいじめの問題を自分のこととして受け止め、自分の行動を虚心に振り返ることができる力を養います。正直なところ、この取り組みはまだまだ課題は多いのですが、たゆむことなく、じっくり時間をかけて着実に進めていきたいと考えています。

湯川私はかつてスペインに住み、子どもを育てていた時期があります。スペインの大人の方々を観察していると、子供を褒める時には、何か優れたことができたから褒めるのではなく、その子がここにいること自体が素晴らしいと感じ、愛情を注ぎます。英語で言うと「TO DO(何をするか)」ではなく、「TO BE(そこに存在すること)」が評価の対象となるのです。すると人は、子どものうちから自己肯定感が高くなります。また「子どもは家族が育てるのではなく、社会が育てるもの」という意識が強く、そのため幼い頃から社会との関わりを強くもつようになります。したがって、みんなと助け合うことの大切さも自ずと身につきます。スペインから日本に戻ってきて、子育て中のご家族や子どもたちと話し合ううちに感じたのは「大人も子どもも自己肯定感が低いなあ」「社会とつながる機会が少ないなあ」ということでした。
この状況をなんとかしたいという思いから、子育て中のお母さんも、子どもたちも楽しく社会参画できる場が作りたいと、社会的な課題の解決に取り組める起業家を育てる「ソーシャルアントレプレナーシップ育成活動」を行うようになりました。今では中高生たちの起業支援事業を行っています。これからの世界では、個性とアイデアを出し合って今までにないビジネスを作っていくことで、自分の夢を実現する力が求められます。 ところが、知り合った日本の中高生に「みんなの夢を叶える手伝いをするから言ってみて」と声をかけても、「今までずっと家でも学校でも、『夢みたいなこと言うな』と言われてきたんだから」という悲しい言葉が返ってきました。
ビジネスについて学ぶにも、まずは夢見ることを妨げない教育を実現することが大前提だと感じます。そういう意味で、現代ビジネス学部を持っている兵庫大学が、教育学部を新設することは有意義であると思います。

河野本学では現場で能力を発揮できるよう、つねに実践的な学びを進めていますが、特に現代ビジネス学部においてはキャンパスを出て、地域社会の中で自分なりに課題を発見し、解決をめざすPBL学習を重視しています。課題解決に絶対的な正解はありません。自分が「これだ!」と思った解決策を展開してみて、うまくいかないことも多々あるでしょう。しかし、学生時代はいくら失敗してもいいのです。その積み重ねが経験となり、社会に出てから本当に役に立ちます。失敗することが自分を大きく成長させるのです。この失敗を大歓迎するという方針は教育学部でも同様です。徹底した現場主義を進めていきます。早い段階から教育の現場でお手伝いさせて頂く経験を重ねて、目の前にいる生徒がいったい何を求めているかを突き止める感覚を身につけてほしいと考えています。

湯川今の学校は、効率化を図るため、どうしても正解を教える場になりがちです。学長のおっしゃるように「失敗できる場」を設けることはとても大切だと私も思っています。

地域、社会の中で実践力を身につける

手を重ねるイメージ

河野本学で学ぶ学生は、誰かの役に立ちたいという真摯な思いが強く、ボランティア活動に携わりたいという強い希望を持っています。しかしながら、昨今のコロナ禍の下、そういった活動ができない状態がここ数年にわたり続いてきました。今後、状況が許されるならば、正課外の取り組みとしてボランティア活動に参加する機会を積極的に増やしていきたいと考えます。

小南確かに、座学ばかりではなく、キャンパスの外に出て現場でチャレンジすることは、学生にとって大事ですね。加古川市では、中学生のおよそ5%が不登校生徒という実情があります。そこで校内に「学校に来づらい」と思う子どもたちのために、別室を設け、子どもたちの居場所づくりに努めています。できるならば、そこに学生サポーターに来てもらい、子どもたちと接する機会をもってほしいですね。もちろん、時には学生だけでは対処するのが難しい問題もあるでしょうから、その場合は現役の先生がサポートします。すでにこの取り組みについては、貴学と加古川市との間で話し合いが続いています。
また、学生のボランティア活動だけでなく、貴学の教育に関する数々の研究成果も、加古川市の教員の充実に向けてご提供いただきたいと切に願います。なにとぞ、ご協力ください。

河野兵庫大学は1995年に地域の方々のご支援のもとに誕生した大学です。開学当初から地域連携、地域貢献は本学の重要課題です。この課題により組織的、効果的に対応すべく、地域で活躍するさまざまな組織や人々にご協力いただき、「地域創生人材育成プラットフォーム」という仕組みを創設し、教育、福祉、医療、ビジネスなどさまざまな分野での取り組みを充実させていきます。これからも、本学の特性を生かしつつ、産官学連携を図りながら、より効果的に地域の課題解決を行っていきたいと考えています。

一緒に問いを探してくれる「おねえちゃんおにいちゃん先生」

河野教育学部の学生が、キャンパスを出て地域の教育現場に赴いた当初は、まだまだ経験不足でしょう。しかし、現場では一緒に試行錯誤してくれる「おねえちゃんおにいちゃん先生」は子どもにとってうれしい存在になっていくのではと思います。

湯川子どもたちにとっては、大人の人が対等に接してくれるのはとても嬉しいことです。子どもたちの問いを真摯に共有してくれる学生さんがいるということは、いいことだと思います。

河野本来、先生って「一緒に笑って泣いてくれる人」なのではないでしょうか。

湯川「二十四の瞳」の世界みたいですね。

河野それが教育の原点ですよ。

小南信頼関係が大事ですね。ステレオタイプの教育では、信頼関係は育めないのです。

湯川時代の変化が猛スピードで進む中、子どもたちは自分で先を切り開く力を持たないといけないですよね。となると、先生は指導するのではなく、子どもに寄り添いながら、リアルな社会とつなぎ実践を支援するコーディネーターであるべきと思います。

小南教員は子どもたちみんなの自由闊達な意見を見守り、助言し、育てる人にならなくてはいけません。さらなる個別最適化の教育の充実に向け、地域や兵庫大学の皆さんのご協力をいただきながら、取り組んでいかねばなりませんね。

湯川大人が持っているさまざまなリテラシーも、さまざまな立場の大人が持っている多様なリテラシーを子どもたちに伝える機会も欲しいですね。また、子どもたちには一回失敗するとアウトではなく、やりなおしOKだと感じてほしいですね。時には思い通りにならないこともあるけれど、それこそがチャンスなのだと、ポジティブに受け止める柔軟さを身につけることが学び続けるために大切です。

小南教員も、柔軟さが大切です。教員という仕事では、採用一年目からクラス担任を任され、いじめや事故など厳しい問題に直面します。そういう時、くじけずに適切に対応できるよう、学生時代から経験を積んでほしいと感じています。教育者には、「折れない心をもってほしい」と切に言いたいです。

河野本当に失敗は大歓迎なのです。うちの大学で、たくさん失敗して、たくさんのことを経験できたと自信を持って卒業してほしい。高校時代は、必ずしも勉強好きでなかった人もいる。そういう人も、最後には笑顔で「本気で頑張れた、誰よりもすばらしい学生生活が送れた」と勝者の気持ちで巣立たせてあげたいのです。

個別教育を支援する取り組み

取り組み

河野個別教育計画づくりということでは、こども福祉学科で、兵庫大学附属の加古川幼稚園、須磨幼稚園と連携して個別教育計画に基づく教育に取り組んでいます。保護者のみなさんにアンケートをとり、膨大なデータを集めました。そこから得られたみなさんの考えをいくつかのパターンに分類し、類型化を進めていきます。これは適切かつ効果的な指導につながるのではないかと考えます。保護者から見た子どもの特性に即した教育を実現していきたい。うまくいけば幼稚園だけでなく教育学部でも、小学校レベルでの個別教育サポートのしくみができるのではないかと期待しています。

小南一人ひとりの成長を後押しできる仕組みが整えば、素晴らしいですね。

湯川幼稚園の多様な教育に比べると、一方で公立小学校の教育は硬直していますね。

小南同じ教室の中で、多くの子どもたちに「人と同じ考え」を持たせるなどということは、実際ナンセンスだと思います。一人ひとりが頭をフルに回転させる時間を持たせてあげたい。先生の話を聞いているだけではやはり苦痛でしょうから。

河野興味のあることに熱意を持って取り組む有効な時間を増やしていかないといけないでしょう。そのようなワクワクした経験を子どもたちができるように、学校の先生と一緒に加古川モデルを作っていきたいですね。

小南まさにおっしゃる通りです。オリジナリティのある授業を作っていきたいですね。

河野インターネットが普及し、若い人たち同士、直に人と関係することが希薄になっている昨今ですが、やはり人的交流の基本は直接会って、face to faceで進めていくことだと考えています。

小南さまざまな経験をお持ちの地域の方々に積極的に教育に参加してもらうことは、実にいいことです。子どもたちが地域の大人と触れ合ったり、特色のある産業について調べたりする機会もどんどん増やしたいですね。

湯川播州には地域に誇りを持っている人が多いですね。ここにはたくさんの「学びの場」があります。

小南生徒・児童・幼児だけでなく、もちろん大学生も地域全体で大切に育てていかないといけないですね。地域社会との豊かな交流経験をもった学生のみなさんには、地域の学校の中で大いに活躍していただきたいですね。そのためには、学校サイドが画一的な仕組みのままではいけませんね。学校サイドも変わっていかねばなりません。

まず大人から夢を語り続けよう

小南職は本当にやりがいがある仕事です。子どもに影響を与え、子どもの心を豊かに育むことができる大切な仕事です。教育学部に入学される学生さんには、教育の仕事の素晴らしさ、重要さをじっくりと受け止めて大学で幅広く学んでほしいですね。

湯川学長の語る大学像は、夢に溢れていますね。夢のようなこと、実現が難しいことを大人が率先して考え、語ることでこそ、子どもが希望を持ち、それを見習い、社会が変わっていくかもしれないですね。ですから、どうかこれからも夢を語り続け、実現していってください。

河野は実現不可能な夢を追いかけているとは思っていません。リアリストなのです。いつも「この播磨の地で、学生たち、先生たち、地域の人たちとともに実現できる」と考えていることを言葉に出しているつもりです。私はこれまでに何度も「この学生が、ここまでやり遂げるのか」と驚いてきた。夢が現実に変わった経験を味わっているのです。
兵庫大学・兵庫大学短期大学部にとって、教員養成は原点でした。1955年に遡る短期大学創設以来の歴史と伝統もあります。今回の教育学部新設は今までの集大成。しかしこれは、我々だけではできないことです。現場の先生と地域、教育委員会の協力をいただいて、ともに「いい先生」を育てていきたいと考えています。

小南兵庫大学教育学部に期待しています。ともに頑張りましょう。

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湯川 カナ

一般社団法人リベルタ学舎代表
なりわいカンパニー株式会社代表

湯川 カナゆかわ かな

リベルタ学舎では、主体的・自律的な生き方をしたい方に「個人の力」と「協働する力」を高める教育プログラムを提供。2020年5月には「なりわいカンパニー」設立。リベルタ学舎での学びを「仕事」として実践し、各々のライフビジョンを実現する場としている。

小南 克己

加古川市教育委員会
教育長

小南 克己こみなみ かつみ

加古川市の教育の基本理念「ともに生きるこころ豊かな人づくり」や目指すべき人間像「努力する人」「心あたたかい人」「行動する人」の実現に向け“加古川ならでは”の教育「かこがわスマート・リンク」を推進中。

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