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大学が地域に溶け込みながらできること ともにめざそう「誰一人取り残さない社会」

2021.11.30 vol.13学長座談会

本学は東播磨地区を中心に、地域に根ざした大学として、多くの方々に支えられながら学生を育てています。特に社会福祉の分野では、学生たちは実習などの教育活動はもちろん、地域の人々とのさまざまな交流を通じて、人の痛みが分かる専門家へと成長していきます。今回は、加古川市、宍粟市などを拠点に社会福祉活動を展開するお二人の話に河野学長が耳を傾けます。

地域の中で生きる大学、福祉施設

河野まず始めに、皆さんの活動やそれぞれの施設についてご紹介ください。上田さんは老人福祉の分野に携わっておられますね。

上田はい。老人福祉施設の本部は宍粟市で開設しています。このほか宝塚市、神戸市と、施設は計3カ所にあり、地域密着で特別養護老人ホームなどを運営しています。
本施設の特徴は、全て住宅地の中、つまり民家の間にあることです。入居者さんは、地域の中で暮らしているということになります。すなわち我々は入居者さんも含めて地域の一員なのです。もちろん、地域の祭りにも参加させていただいておりますし、施設で祭りや盆踊りを開催する際には、地域の皆さんにたくさん来てもらっています。前回は屋台も出て大賑わいになりました。

河野すっかり地域に溶け込んでおられるのですね。それならば、地域との経済的なつながりもあるのでしょうね。

上田地域への経済的還元は大切だと思っています。とりわけ本部のある宍粟市は、経済圏が小規模で、施設に関わる地元の業者さんたちは、取引先であると同時に、お客様でもあります。ですから私たちは、業者さんとの一つ一つの取引を大切にしてきました。思えば、本部が完成したのは1987年のことでした。民家の間に老人福祉施設ができることに、当時は周辺から反対の声も上がっていました。

河野そういう時代だったのですね。

上田しかし今では人々の意識も変わり、安心して高齢者を預けられる施設だと信頼してもらっています。

河野施設を運営するにあたって基本となる考え方があるのでしょうか?

上田私たち「まどか園」は、「安心ホットステーション」というコンセプトを掲げています。意味は「あそこにいったら、うちの家族をなんとかしてもらえる」と思ってもらえるような場所にしたいということ。子どもさんが親を預けて安心して仕事に行ける、また親子がちょっと距離をおくことで、笑顔でいい関係がつくれる、そういう施設をめざしています。家庭の延長ということではなく、ご家族だけでは解決できない、すなわち専門の施設だからこそできることをやろうと考えています。
兵庫大学との提携は、こちらで教鞭を取る先生とのご縁から始まりました。これからも長く、いい関係を作っていきたいですね。

河野地域とのよい繋がりをずっと続けていきたいのは、我々も同感です。一方、藤本さんは児童福祉の分野でご活躍中ですね。

藤本うちの園の「立正」の名は、日蓮宗の宗祖・日蓮が記した『立正安国論』にちなんでいます。地元加古川で戦災孤児のための施設を作ったのがはじまりで、以来長年にわたって児童養護施設を経営してきました。もともとは、家族と一緒に暮らすことができないために入所が必要な子を受け入れてきましたが、虐待、子どもの貧困の問題が増える中、近年は幅広い年齢の子どもを対象とした在宅支援のセンターを運営し、ショートステイも受け入れています。

河野児童養護施設の方は長期滞在型ですね。

藤本そうです。それに対して、センターは施設入居に至らない子に対応しています。また深夜や週末でも対応することで、地域や家庭の支援を行なっています。兵庫大学と立正学園のつながりは昔から続いています。長い間、学生の施設実習の受け入れや、卒業生の採用も行なっています。

河野>いつもお世話になっています。特に実習を通じた地域での学びは、専門職をめざす学生にとって、とても重要なものです。キャンパス外で叱られたり、褒められたりしながら、どんどん経験を積んでいってほしい。そうすることで、彼らは成長していくのです。

地域からの支援に恩返しを

河野本学は、地域の問題・課題に挑むプロジェクト学習やインターンシップなど、学外の学びを重視しており、現在40を超える近隣自治体、企業、組織などと連携しています。大学は、私立であってもやはり「公器」としての責務を担っています。地域貢献は我々の使命だと考えているので、教育にあたっては、学生が地域の課題に貢献できるよう、意識して指導しています。
兵庫大学は短大だった時代を経て4年制大学となり、長くこの地で地域の支援をいただきながら運営されてきました。そういう歴史をもった大学だからこそ、御恩返しとして知的資源の還元をせねばと思っています。
現在「地域人材育成プラットフォーム」という取り組みを進めていますが、これは本学がこれまで地域で行ってきた活動を統合し、専門性を生かした地域の課題解決、人材育成をさらに効果的に行っていこうとするものです。今まで以上の地域貢献ができるよう、学内のさまざまな資源について、統合、整理を進めているところです。

「本気」の人間関係が、人としての魅力を磨く

河野上田さんは、老人福祉施設で働く若いスタッフに対して、どんな思いをもっておられますか?

上田若い人々に向けてのメッセージということでは、うちでは新人に「幸せになってほしい」ということを言っています。一人ひとりに、仕事を通じて世界一幸せになってほしいのです。利用者さんを笑顔にすることに喜びや、やりがいを感じながら幸せに仕事をしてほしい。利用者さんの笑顔に喜びを感じる職員は、辞めません。そういう人は利用者さんに対して「さらにこんな事をしてあげたい」と考える。一生懸命になって楽しんでいるのです。
ボランティアの学生さんがうちに来られたときには、皆さんには「喧嘩してください」と言うのですよ。遠慮して静かに付き合うのではなく、自分の意見を一生懸命に言って、相手の意見も一生懸命に聞く。もし相手を正しく理解していないと分かったら、その場で「ごめん」と言えばいい。大事なのは本気の人間関係です。

河野本気で話し合う事で、本当の意味でフレンドリーな関係ができてくるのですね。藤本さんは、今の若い人に求めるものが何かありますか?

藤本うちの施設は資格取得に関連した実習を受け入れる一方で、私自身は兵庫大学の非常勤講師として教壇にも立っています。教員として、また実習受け入れ先として、さらに学生の就職先として、兵庫大生たちに感じるのは、みんな素直だな、正直な人が多いということです。彼らと接していると、我々も正直、もっと素直でなければと思います。
現場を知る教員として、専門資格を取得しようとする学生によく話すのは「専門資格は、就職の際の入場切符だ」ということです。この資格があれば、専門家としてのスタートを切れる。しかし、その先はそれぞれが経験を積み、現場の中で成長していかねばなりません。
児童福祉の場で子どもたちから好かれるのは、まず「面白い人」、次に「ダメなことはダメとはっきり言ってくれる人」、そして「いろいろなことを教えてくれる人」です。特に子どもたちの将来にとって大切なのは、いろいろなことを教えてくれる人でしょう。子どもにとっては高い専門知識よりも、生活に関わるさまざまな生きた知恵を教えてくれるという点が大切で、そういう職員は大いにリスペクトされています。
学生さんにはそういう部分がほしいですね。そして、それは児童養護の世界だけではないと思うのです。学生時代からさまざまな経験をして、専門知識だけでなく現場で活かせる知恵も身につけてほしい。もう一言付け加えるとすれば、魅力的な人になるためには、勉強だけでなく遊びも大切だと思います。

河野確かに、サークル活動などを通じて仲間との友情を育み、さまざまな人と交流することは大事ですね。私たちの大学でも、学内外での課外活動を応援しています。授業を受けていない時間も充実して過ごすことが、「人間力」、すなわち人間としての魅力を伸ばすことになるからです。また一方で、学ぶことはもちろん大事で、学生には、知識や技能を生涯にわたってバージョンアップし続けられる力、すなわち応用力を身につけてほしいと考えています。
現在は新型コロナウィルス感染拡大の影響が大きく、学外での活動は難しくなっています。とはいえ、外へ出ることをやみくもに拒否するのではなく、正しく恐れた上で、慎重に行動してほしいのです。大学時代には期限があります。だから、今がどんな時代であっても工夫をして、経験値を高めていってもらいたいですね。
本学では、学生たちの取り組みにできるだけ注目し、頑張っている学生に対しては、大学から年一回表彰を行なっています。学力、クラブ活動、社会活動など、さまざまな面をとらえて頑張った人を讃え、公表しています。また、就職活動での頑張りや、専門職として社会で活躍する卒業生の姿も、後輩にできるだけ伝えるようにと考え、学科ごとの取り組みになりますが、先輩の頑張りを紹介する場を設けています。後輩の励みになることでもありますから、先輩と後輩が交流する場はできるだけ多く設定しています。
また今後は、学生同士での支え合いを促すため、ピアサポート制度の整備を進めます。ピアサポート制度とは、先輩が後輩をサポートするとともに、同級生同士で学び合うなど、学生たちがともに学びを高めることができる仕組みのことで、この制度を作ることで学生間の縦、横のつながりがもっと強められることを願っています。

福祉の現場から、兵庫大学に期待すること

河野ここで改めて「兵庫大学に何を期待するか」を二人にお聞きしたいと思います。

上田大学への期待について申し上げるなら、兵庫大学が「人づくり」に力をいれておられるのは素晴らしいことだと思います。もちろん、大学は第一義的に専門教育、研究機関なのですが、専門知識だけで社会に貢献できるかどうかといえば、それには疑問符がつきます。特に福祉の仕事は対人サービスなので、知識、技術だけでは成立しないところがあります。
福祉施設で働く職員の皆さんには、「気を配れる人」になってほしいと思っています。周囲の人をよく見ること、相手の立場に立って考えることは、福祉施設であれホテルであれ、対人サービスならば変わらない基本です。学生時代の学びにおいても、心配りの大切さを大事にしてほしいですね。福祉施設は人間関係がとても大事です。技術の習熟度だけが問題ではなく、温かい人間関係があってはじめて、利用者さんの信頼を得られるのです。
私自身も、周囲の方々や恩師のおかげで老人福祉の道を歩んで来ることができました。先生や仲間との交流から学べることは多いものです。みんなで話し合って、答えを考えていく練習をしっかり続けていけば、そこで得たものは社会に出てからとても役に立ちます。

藤本大学の皆さんには、うちの子どもたちに「当たり前」を提供するお手伝いをしてほしいと思います。児童養護施設は数も少なく、なかなか注目されないのが実情ですが、例えば人形劇、クリスマス会、誕生日会など、一般家庭、一般の保育の現場では当たり前と思われている経験がありますよね。その当たり前を経験していない人たちの、思い出の隙間を埋めていく仕事をするのが、社会福祉法人としての役割だと思っています。

上田具体的な話になりますが、私たちにはぜひ兵庫大学さんと進めたいことがあります。それは今、うちの施設で取り組んでいる「職員の技術評価の可視化」です。今まで、職員の評価は上司の感覚だけで進められていましたが、今後は職員一人ひとりについて「ここまでできた」「次はここまでめざしてほしい」など、客観的にわかる能力評価の体系を構築したいと考えています。「自分に何がどれだけ足りないのか」「今、どれだけできているのか」など、個々人の長所や課題を明らかにしていきたいので、協力していただきたいのです。

河野可視化については、本学では学生がどれだけ成長したかをきちんと評価し、その学生のさらなる向上につながるように、達成した成果を数値化、データ化する取り組みを進めています。この仕組みが社会福祉施設でも活用できるかなと思います。

どんな時代でも、リアルな「経験知」を

河野大学は人間性を磨く場です。コロナ禍にあってもそのことに変わりはありません。人と触れ合い、多様な経験をする場としての大学の存在は大事です。今、本学ではさまざまな感染対策をとりながら、対面授業を進めています。やはり直接の交流があると、学生たちは生き生きしてきますね。どんな時も、人間的交流は大切にしたいです。ところが今は、そうしたことが大きく制約されている訳です。例えばボランティア活動のオファーが減っています。外からの刺激を与えると、学生たちは大きく変わるという面があるので、これは気がかりなことですね。ボランティア活動の場で得た感動、達成感は次へ、その次へと活動を進めるモチベーションになるので、ウィズ・コロナの時代であっても何とか経験を増やしてあげたいですね。

藤本学生さんのボランティアは本当にありがたいものです。以前、兵庫大学の吹奏楽部の皆さんに来てもらった時は、ただ演奏するだけでなく楽器の紹介もしてくださいました。初めて大きな楽器を見て、説明を聞いた子どもたちはとてもうれしそうでしたね。

上田これは大学生のお話ではありませんが、うちの施設に中学生がトライやるウィークということで体験に来ました。三世代同居が少なくなった昨今、初めて「おじいちゃん、おばあちゃん世代」と交流した子もいたのですよ。みんなカルチャーショックを受けたようでしたが、それが縁で年の離れた友情関係が生まれました。入居者さんと中学生たちが文通を始めたり、たびたび遊びに来る生徒さんもいたりで、よかったですよ。出会いのチャンスを増やしてあげることは大事やなあと思います。

藤本現場での実習は、若い人々にとって大事な出会いの場ですね。これからも、できるだけそういう場を提供していきます。

河野学生にとって貴重な経験の場をご提供くださり、感謝します。

上田うちにもお声をかけてください。場の提供に協力しますよ。

河野地域の施設には実習先として受け入れてもらい、専門力を向上させるよう頑張って学ばせてもらいます。そして卒業後は専門家としてご恩返しができるようになる。そういう、いい関係を築いていきたいですね。

次世代の福祉を大学が牽引したい

河野福祉の世界も、これからは経験と勘で仕事する時代ではなくなります。例えばケアマネジャーさんも、AI やデータベースを利用してケアプランを作るようになるかもしれません。コンピュータに任せられる部分は任せ、残りの「人でなければできない」部分をより充実させていきたいと考えます。
前に加古川市の福祉行政の方と話した時、市民の相談窓口のワンストップ化という話題になりました。今まで人海戦術でなんとかこなしていた部分をデータベース化することで省力化し、スピードアップを図らねばと言っておられました。
「うちにはデータサイエンスを学ぶ学科がありますから、協力できますよ」とお答えしました。
また、2020年には看護学研究科が開設し、患者さんの最期や看取りに関するケアについて研究しています。人生の最期を穏やかに過ごすにはどうすべきか。この課題は、福祉施設とともにしっかり考えていくべきだと思います。
児童福祉については、今後は個別指導計画に基づくきめ細かい指導が求められるようになるでしょう。才能、興味の方向などを、子ども本人に気づかせてあげる教育を進めることは重要です。こども福祉学科では、本学の附属教育機関を活用して、今までにない、一人ひとりを対象とした子どもの指導について研究を進めており、ゆくゆくは附属幼稚園などだけでなく、公立の教育機関にも研究知を提供していきたいと思っています。

上田兵庫大学には福祉の専門家だけでなく、ビジネスの専門家を育ててくださることを期待しています。福祉施設は介護職だけでなく、営業職、事務職などいろいろな職員がいて成り立っています。スポーツやビジネスを学ぶ学生さんにも、就職の選択肢として福祉業界に興味を持ってほしいですね。

藤本先ほど個別指導計画という話題が出ましたが、今や、児童養護施設も大部屋でみんなが集まって暮らすのではなく、個別対応になってきています。児童の独立を支援するには、個々人をよく観て、個別計画を立てていかねばなりません。そのことに関連して、大学といっしょに共同の課題の研究ができないかと思います。また、施設での仕事内容はPCの操作やスポーツの指導などもあり実に多様なので、職員には福祉以外の専門知識ももっていてほしいと感じています。

河野お話をうかがっていて、やはり本学の存在意義は専門知識と人間力を兼ね備えた人材育成にあると再認識しました。地域の皆さんからも、「困っている時に、兵庫大学の学生さんが親身になって対応してくれた」という話を聞くことがあります。また、学外の方は「兵庫大学に来ると、学生さんがしっかりあいさつしてくれる」としばしば仰られます。うちの大学には優しい子が多いです。その「やさしい人」「善き人」の部分をさらに磨いていき、専門職につく時にも、その善き面を専門家として生かせるようになってほしいと思っています。我々教育に携わる人間は、未来ある若者たちのために、地域の皆さんのご協力を得てこれからも取り組んでいきます。ここで学ぶ人たちは、資格や免許を取るだけでなく、大学での日々を人生の糧としながら「その人にしかない良さ」に磨きをかけていってほしいですね。

  • 学長座談会
  • 福祉
  • ボランティア

社会福祉法人 立正学園 包括施設長
兵庫大学・兵庫大学短期大学部
非常勤講師

藤本 政則ふじもと まさのり

社会福祉法人 立正学園は、児童養護施設、児童家庭支援センター、地域小規模児童養護施設を加古川市、三木市、明石市にて運営。

社会福祉法人 正久福祉会 理事長
明願寺住職

上田 芳史うえだ よしふみ

社会福祉法人 正久福祉会は、特別養護老人ホーム、ショートステイ、グループホーム、ヘルパーステーションなどを宍粟市、宝塚市、神戸市にて運営。

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